相続の手続をしないとどうなるのでしょうか?

預貯金の口座がある時は、
口座の解約ためには相続手続が必要なので、
すぐ相続手続をすることでしょう。

しかし、亡くなった方に、土地や建物があっても預貯金がない場合は、
相続手続をしなくても、とりあえずは問題が生じません。

本当に大丈夫なのでしょうか?

今回はそのような事例です。

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私は50代の男性です。
10年前に父が亡くなり、相続手続はしていませんでした。

父名義のままの自宅には母と私、私の家族で住んでいます。
最近、80代の母の体も弱くなり、
自宅をバリアフリーにするために、銀行から融資を受けようとしたら、
銀行の担当者から
「自宅に担保設定するために、まず相続登記が必要です」
と言われました。

ところが、弟は3年前に亡くなっているので、
相続登記をするためには弟の妻と弟の2人の子どものハンコが必要らしいのです。

しかし母と弟の妻は元々折り合いが悪く、今ではつきあいが全くありません。
相続のハンコがもらえるかも、ちょっとわかりません。

どうしたらよろしいでしょうか?

 
この事例のポイントを先に見る
 

誰のハンコが必要になるか

この事例は、相続手続をすぐしなかったために、
必要な時に相続手続がしにくくなった典型的なパターンです。

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お父さんが亡くなった時に自宅の相続手続(相続登記)をするなら、
お母さん、相談者、弟さんの3人のハンコでできました。
(上の図)

その後、相続人の一人である弟さんが亡くなられました。
 

そうすると、お父さん名義の自宅を相続登記するには、
誰のハンコが必要になるでしょうか?

相談者と、お母さんだけでなく、
弟さんの妻と弟さんの子供たちのハンコが
新たに必要になるのです。
(下の図)

しかも、弟さんの奥さんとは、
弟さんが亡くなった後は親戚つきあいが
ほとんどなくなることもよくあります。

さらに、お母さんと弟の奥さん(嫁、姑の関係)の折り合いが悪いと、
相続手続でハンコをもらうどころか、
連絡しても音信不通になって
連絡を取ることすら大変になることもあります。

このようにお父さんが亡くなられてすぐに相続手続をしないと、
後で自宅の名義を移す相続登記などの
相続手続きをしなければいけなくなった時、
相続手続がしにくくなることがあるのです。

ですから、相続手続は、なるべく早めにやった方がいいのです。

その後、認知症や行方不明者が出ることも

相続人の一人が亡くなって、
その配偶者や子供が相続人になるケース以外にも、
お母さんが認知症になったり、
弟さんが行方不明になるケースもあります。

行方不明なんて普通なのじゃないか、
と思われるかもしれませんが、
弟さんが事業をしていて、事業が失敗して、
夜逃げをしたりするケースもあります。

私の事務所でもそのような相談がときどきあります。

お母さんが認知症になると、
お母さんは遺産分割協議
(遺産の分け方の話し合い。
 相続人全員でする必要があります。)
ができなくなります。

つまり、遺産分割協議書にハンコがつけなくなるのです。

そうすると、お母さんのハンコをどうするかという問題が生じます。
また、行方不明者がいる場合も、
その人のハンコはどうやって押すのかという問題が生じます。

認知症になるなど、
遺産分割協議ができなくなった場合どうしたらいいのでしょうか?

その場合、認知症になった人の代わりにハンコを押す人を
家庭裁判所から立ててもらいます。

その人のことを「成年後見人」といいます。

この成年後見人を立てる手続も、
準備まで入れたら数ヶ月はかかりますし、
手続も複雑ですので、
司法書士や弁護士などの専門家に頼まないと難しいでしょう。
また、誰が成年後見人になるのかという問題もあります。

では、行方不明者がいる場合は
どうしたらいいのでしょうか?

その場合は、
行方不明の人の代わりにハンコを押す人を
家庭裁判所から立ててもらいます。

その人のことを「不在者財産管理人」といいます。

この不在者財産管理人を立てる手続も
司法書士や弁護士などの専門家に頼まないと
難しいでしょう。

成年後見人と同様、
誰が不在者財産管理人になるのかという問題もあります。

このように相続手続を早めにやっておかないと、
連絡が取りにくい人が相続人になったり、
認知症や行方不明の人が出たりして、
相続手続が進めにくくなることもあります。

ですから、後になって困らないように、
自宅の名義を移す相続登記などの
相続手続は早めにやっておいた方がいいです。
「転ばぬ先の杖」ですね。
 

後で相続手続が必要になるケース

自宅が亡くなったお父さん名義のままですと、
後で困ることがあります。

今回のケースのように
自宅をお母さんのためにリフォームしたいとき。

バリアフリーのリフォームをするために、
銀行から融資を受ける場合です。

銀行は、自宅に担保をつけることを
融資の条件とするでしょう。
そうすると、亡くなったお父さん名義のままでは
担保をつける登記(抵当権設定登記)ができませんので、
まず相続登記をしなければなりません。

また、自宅を売却する場合も、
買主さんに自宅の名義を移すには、相続登記が必要です。

相続登記に必要な遺産分割協議書には、
相続人全員の実印が必要になりますので、
一人でも印を押さない人や押せない人がいると、
手続が進められません。
 

遺産分割協議がまとまらない場合はどうするか?

亡くなった方の財産の分け方を決める話し合いのことを、
「遺産分割協議」といいます。

遺産分割協議は相続人の全員の合意が必要です。

したがって、一人でも反対する人がいる場合は
遺産分割協議がまとまりません。

それどころか、話し合いすらできない場合もあります。

では、こうゆう場合はどうしたらいいのでしょうか?

そのようなときは、家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立てます。

これは、遺産の分け方について、
家庭裁判所でする話し合いです。

遺産分割調停は、裁判官(家事審判官)と
調停委員が公平、中立な立場で、相続人の言い分を聞き、
遺産分割を円満に解決できるようあっせんする手続です。

調停委員は、弁護士や税理士などの士業の人や、
会社の役員など、様々な経歴を持つ人が、
裁判所から任命されてなります。

相続人だけでは感情的になり、
落ち着いて話し合いができないケースでも、
第三者である調停委員や裁判官が間にはいることにより、
感情的な面が押さえられ、
話し合いがしやすくなることもあります。

また、中立な立場から財産の分け方の提案もしてくれます。
申立を司法書士や弁護士に頼まず、
自分ですれば費用も数千円ですみますので、
話し合いがまとまらないときは、利用する価値はあります。

調停での話し合いがまとまれば、
「調停調書」という書面を作ってくれますので、
相続登記も調停調書を使って進めることができます。

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一方で、遺産分割調停は、
相続人全員の参加が必要です。

一人でも調停に参加しなかったり、
調停の内容に応じないときは、調停は成立しません。

この場合、「審判」という手続に進みます。

審判は財産の分け方について、
相続人の状況や相続財産の内容から、
家庭裁判所が決定するものです。

ちなみに、裁判所から分け方を決めてもらう審判から
いきなり進めることはできません。

話し合いである調停から始めることになります。

今回の事例のケースでも、
弟の妻や子ども達が話し合いに応じられないようであれば、
家庭裁判所の調停や審判を利用することになります。

いずれにしても、調停や審判は、
ある程度の負担やエネルギーが必要となりますので、
相続手続きはできる時にしておいた方がいいですね。