相続人の中で、ハンコが押せない人がいる場合は
どうしたらいいのでしょうか?

典型的な例としては3つあります。

  • 認知症や知的障がいの人がいるケース
  • 行方不明の人がいるケース
  • 未成年の人がいるケース

この3つのケースについて、一つずつ見ていきましょう。
 

08-1
父が亡くなったので、

自宅の名義を変える相続登記をしてもらうために
司法書士事務所に来ました。

「母が認知症で特別養護老人ホームに入所している」
と言ったら司法書士の方から、
「お母さんが認知症なので、このままでは相続手続が進められません。
お母さんのために、成年後見人を選任してもらう必要があります。」
と言われました。

この「成年後見人」とは、
どのようなものでしょうか?

また、誰がなったらいいのでしょうか?

 
この事例のポイントを先に見る
 

お母さんが押した印は有効?

相続手続で、相続人に認知症の人がいるケースです。
この場合、その認知症の人のハンコが問題になります。

遺産の分け方の話し合い(遺産分割協議)の内容を、
認知症がある程度進んでいる人は、
理解することができません。

理解できないまま、
遺産分割協議書に名前を書いて実印を押した場合、
それは有効になるのでしょうか?

残念ながら無効です。

かといってお母さんのハンコなしでは
手続を進めることができません。

では、お母さんのハンコは
どうしたらいいのでしょうか?

お母さんの代わりにハンコを押す人を
立ててもらえばいいのです。

それが「成年後見人」です。

家庭裁判所に選任してもらいます。

判断能力がないからといって、
家庭裁判所が自動的に後見人をつけることはありません。
申し立てが必要です。
 

成年後見人とは

この「成年後見人」はどのような人なのでしょうか?

認知症や知的障がいなどで、
判断能力が十分でない方は、
遺産分割協議や、施設などの契約手続、
預貯金の入出金などが、自分ではできません。

成年後見人は、
その判断能力が十分でない方に代わって、
これらの手続を代行する人です。

一言で言えば、
「代わりにハンコを押す人」と言えます。

著者の私も何人かの成年後見人をしていますが、
主にすることといえば、
介護保険などの役所関係の手続きや、
施設など料金の支払い、
遺産分割協議や施設との契約です。

その人に代わり、私がその手続の内容を判断して、
書類にハンコを押しています。

ある意味、「保護者」のようなイメージです。

5歳の子どもが、お正月にお年玉をもらいました。
そのお年玉を貯金することにして、
その通帳は誰が作るでしょうか?
5歳の子どもが自分で銀行に行って
通帳を作る手続はできないですよね。

お母さんやお父さんが、
その子の代わりに、その子の通帳を作ります。
「保護者」だからです。

お母さんが認知症で判断能力が不十分になって、
年金を入れる通帳を作るとき、
お母さんは自分では作れません。

そのようなとき、お母さんの通帳は誰が作るでしょうか?

子どもなどが成年後見人になって、
お母さんの代わりに、
お母さんの通帳を作ります。
「保護者」に似ていますね。

5歳の子どもは、誰でも通帳を自分では作れませんが、
80歳の人は、しっかりしている人もいれば、
認知症などで判断能力が十分でない人もいます。

ですから、成年後見人が必要かどうかを
誰かが判断しなければならない。

それが家庭裁判所です。

実際には、医師からの診断書に基づいて、
家庭裁判所は判断します。
 

成年後見の種類

判断能力の程度によって、
通帳のお金の出し入れも自分ではできない人もいますし、
お金の出し入れや日常生活はできるけど、
自宅のリフォームの契約や遺産分割協議など、
高度な判断が求められることは、
誰かのサポートが欲しいという人もいます。

ですから、成年後見の制度は
判断能力の程度によって3種類用意されています。
 

1.成年後見

基本的に、
自分では事務的なことが何もできない場合です。
成年後見人は、
その人の全ての事務的手続について
代わりにハンコを押す権限を持っています。
 

2.保佐 (ほさ)

日常生活は基本的には自分でできるけど、
重要な契約は、だれかのサポートが必要なケースです。
発達障がいなどで、判断力は通常の人より不足するけど、
日常生活は自分でできている人が
保佐になることがあります。

遺産分割協議や、不動産の売買、
住宅のリフォーム、訴訟をする場合などは、
それらの書類にその人がハンコを押し、
さらに保佐人もハンコを押します。

ですから、保佐人は
「代わりにハンコを押す」まではいかないですね。
 

3.補助

保佐より更に、軽いケースです。
判断能力は通常の人より多少不足するけど、
日常生活は自分でできている人が
補助になることがあります。

保佐と補助は、判断が難しいですが、
精神科のお医者さんが検査することにより、
この人は保佐、この人は補助、と判断してくれます。

重要な契約にその人のハンコの他
に補助人のハンコも一緒に押します。

ですから、その点でも保佐人と似ています。
 

成年後見人になれる人

では、誰が成年後見人に
なれるのでしょうか?

成年後見人になるためには、
資格はいりません。

家族が成年後見人になるのが一番いいと思います。

しかし、様々な理由で家族がなれない場合があります。

例えば、

  • 近くに家族が誰もいない
  • 近くに家族はいるけど、多額の借金を抱えている
  • 親族で、その人のお金を使い込んだ人がいる
  • 親族間でトラブルがある

などです。
このようなときは、
司法書士や弁護士などの第三者が成年後見人になることがあります。

成年後見人になるためには資格はいりませんが、
成年後見人をつけてもらうとき、
家庭裁判所はその人や家族の事情を考慮して、
成年後見人を選んでいます。
 

事前に成年後見人を指定することはできる?

成年後見人は、家族がなれない事情があるとき、
第三者が選任されます。

これって、判断能力がなくなった人からすると、
ちょっと抵抗ありませんか。

赤の他人が、自分の通帳からお金の出し入れをしたり、
役所や施設の手続をしたりするわけですから。

自分が将来、判断能力がなくなるときに備えて、
後見人を誰か信頼できる人に事前に頼んでおけないものでしょうか?

実は、できます。

では、どうやって?

「任意後見」という制度があります。

任意後見とは、自分が認知症などになり、
判断能力がなくなったときに備えて、
自分の後見人になる人を事前に指定する制度です。

公証役場で契約書を作ります。

自分の判断能力が十分にあるときは、
頼まれた人(任意後見人)は何もしないですが、
判断能力が不足するようになると、
任意後見人を頼まれた人は、
通帳のお金の出し入れなどの保護者的な役割がスタートします。

任意後見人がどこまでするかは契約で決めることができます。
任意後見人も資格は必要ないので、誰でもなれます。

親族でも、司法書士や弁護士などの第三者でもOKです。

今はまだ元気だけど、将来的に預貯金の管理や、
各種契約や手続に不安がある場合、
任意後見をお願いするのも一つの手だと思います。
 

このように判断能力が不足するようになったときは、
成年後見、保佐、補助、任意後見
といった制度を利用することができます。